五ヶ町の祭礼②

五ヶ町の祭礼①からの続き

祭りについて

※スケジュールは過去の祭りのもので、次回開催時は変わることがあります。

■宵宮(土曜)

宵宮では各町ごとに催しを行います。

豊受神社(本塩)の周りには屋台が並びます。


■本祭り (日曜)

◆神輿渡御

3:00~ 触れ太鼓、神前の儀

4:00~ 御霊遷式(本行徳一丁目・宮元神明社)・出御の儀

4:40~5:50 下新宿渡御

6:00~7:50 一丁目渡御

8:00~9:50 二丁目渡御(神輿渡しの神事:圓頓寺周辺)

10:00~11:50 三丁目渡御(神輿渡しの神事:八幡神社周辺)

12:00~13:50 四丁目渡御(神輿渡しの神事:神明神社周辺)

14:00~14:30 神輿道通過

14:40~17:40 本塩渡御(神輿渡しの神事:本塩豊受神社周辺)

 ◇

上記渡御の時間は、「神輿渡御順路図」に記載されたものですが、例年これよりずれ込みます。

2017年の祭りでは、一丁目と本塩のときは雨がやんでいたものの、ほぼ一日中雨で気温も11月下旬並みという寒さ。五ヶ町の神輿は大きいうえに二点棒でバランスを取るのが難しく、雨では足元が滑り危険ということで、二丁目と四丁目では地すりをやりませんでした。三丁目も地すりは最後に1度、半周したのみでした。

そのため、例年より1時間以上早く進み、17:20ごろには、本塩の渡御を終えた神輿が豊受神社(本塩)前に戻りました。

●神輿渡御順路図

行徳ふれあい伝承館展示パネルより
行徳ふれあい伝承館展示パネルより

●動画


◆本塩宮入り~着興の儀~御霊納め~還御の儀

18:15~18:30 着興の儀(本塩・豊受神社)

18:30~19:00 本塩宮出し、宮元へ帰参

19:00~19:30 御霊納式並びに還御の儀(本行徳一丁目・宮元)

19:40~ 五ヶ町手打ち式(本行徳一丁目自治会館)

20:00 神輿・神輿庫納め 世話人手打ち

 ◇

(上記スケジュールも2017年の予定表記載のもので、実際とは異なります。)

 

宮入り(注1)は、本行徳一丁目の宮元ではなく、本塩の豊受神社に納めます。

神輿を納めようとする役員たちと、祭りを終わらせたくない担ぎ手たちとが「納めろ」「まだまだ」とせめぎ合い、祭りのクライマックスを迎えます。鳥居をくぐるのは例年19:00~20:00ごろ。雨で進行が速かった2017年の祭りでは、18:30ごろでした。

 

最後に社の前で数回揉みを披露し、渡御が終了となります。

着興の儀を行った後、再び本塩を後にし(本塩宮出し)、本行徳一丁目の宮元に戻ります。

地境を越えて神輿を運ぶのは、本来は白丁の役目ですが、早朝からの白丁の負担軽減のため、現在は本塩の担ぎ手たちが揉まずに肩に担ぎ、静々と運んでいます。

 

宮元で御霊納めと還御の儀を行い、手打ち式をもって祭りの長い一日が終了します。

夜明け前3:00に始まった祭りが終わるのは、例年22:00ごろになります。

 

 

(注1) 渡御の最後に神輿を神社に納めるという意味で「宮入り」という言葉を使いましたが、正式には、本塩に神輿を納めることは「宮入り」とは言わないそうです。

●動画

行徳打ち

 五ヶ町の祭りで使われる手打ちは、一般的な三・三・七の三本締めとは異なります。

「チャチャチャ、チャチャチャチャ、チャ」の三・四・一の手拍子で三本締めを行います。

この手締めは「行徳打ち」といって、塩場師の手締めなのだとか。

 


■ポスター

2017年版
2017年版

■のぼり旗

2017年にのぼり旗一式が奉納されました
2017年にのぼり旗一式が奉納されました


昔の祭り

■江戸時代の祭り

江戸時代の祭りは、今のような庶民の祭りではなく塩場の旦那衆の祭りで、財力のあった旦那衆が塩場で働く塩場師の中から力自慢の担ぎ手を選び、日当を払ってさまざまな注文をつけたという話が伝えられています。

渡御の際は、旦那衆の後にお囃子、榊、守神剣、御神刀、神輿と続き、その後に大きな山車(屋台)が続くという大行列で町を練り歩いたとか。

当時は祭りのメインは山車で、五ヶ町と下新宿と合わせて6台の山車が出たとも伝えられています。

 

ただし、江戸時代に神輿を揉んでいたという文献は見当たらず、このときの神輿がどのような形のものであったのかも不明です。

■昭和時代の祭り 

現在のような「揉み」を入れた神輿渡御の形になったのは、戦後から。それまでは山車屋台と白丁の渡御がメインだったそうです。

山車は祭りのとき以外は、ばらして江戸川に沈めて保管していたという話もあります。

 

大祭は、昭和33年までは毎年行われていたようですが、数年の中断を経て、昭和40年ごろから現在のように3年に1度の開催となったそうです。



担ぎ

担ぎ手は担ぎ棒1本ずつに前4人、胴4人、後ろ4人で、2本合わせて24人。

それに音頭取りが前後に1人ずつ付き、合計26人で1つのチーム。

担ぎ手は各町で70~80人は必要とされています。

 

掛け声は「わっしょい」ですが、本行徳四丁目だけ「おんら(俺たちの神輿の意)」といいます。

しかし、昭和60年に市川市文化会館のオープニングセレモニーとして神輿を出したのを機に、行徳街道(旧道)を渡御するときは「わっしょい」に統一されました。

 

担ぎ手の衣装は伝統の白装束です。

はちまきは、昔は豆絞りでしたが、今は白に統一されています。

本塩だけは、はちまきを着けなくてもよいとされています。

 

 

担ぎ手団体

三盛会/本行徳三丁目

発足:2011年10月

会員数:22名(2021年9月現在)

■担ぎ手の心得

五ヶ町の祭りには、担ぎ手にもさまざまな決まりごとがあり、以下のように伝えられているそうです。

 

①酒を飲んでの神輿渡御は厳禁

祭りには酒がつきものであるといわれますが、渡御を行う人は飲酒厳禁とされています。

 

②神輿渡御する者は、身を清める

昔は江戸川に入って身を浄めるのが習わしだったそうですが、江戸川が汚れてきてからは、各自治会で町内の銭湯(男湯)を借り切り、浄めさせました。

町内の銭湯がなくなってからは、各家庭の風呂で浄めるとしています。

身を浄めた後は、髪に整髪料などをつけることは厳禁とされています。

 

③白装束の着方はしっかりと

股引や胴に巻くさらしは、腹をへこませた状態でしっかりと。

さらしの半纏の衿は着物のように重ねないでたらします。

帯の両端は長くたらしません。

手首に巻くさらしは、二の腕近くまでしっかりと。

白足袋は最低でも4枚コハゼ以上のもので、昔ながらのゴム引きの白足袋が正式とされています。

 

④担ぎ手は男性のみ

女性は担ぐことができません。

 

忌中の家の者、刺青をしている者は神輿を揉まない

大祭の年に葬儀がある者や、刺青をしている者は、神輿を揉むことは遠慮するようにといわれているそうです。

 

⑥半纏の懐に物を入れて持ち歩かない

神輿を担ぐときは、タバコや財布、スマホなどは身内などに預けましょう。

 

 

お囃子

本行徳一丁目、二丁目、本塩/本塩囃子保存会妙典囃子保存会

本行徳三丁目/葛西囃子おかめ会

本行徳四丁目/浦安囃子保存会



【宮出し】 本行徳一丁目 

神明(豊受)神社

五ヶ町の総鎮守。地元の人から「宮元」と呼ばれ親しまれています。

千葉県市川市本行徳1-10

 

東京メトロ東西線 妙典駅徒歩12分

■Googleマップ


本行徳三丁目

八幡神社

千葉県市川市本行徳25-20

 

東京メトロ東西線 妙典駅徒歩11分

■Googleマップ


本行徳四丁目

神明神社

千葉県市川市本行徳32-23

 

東京メトロ東西線 妙典駅徒歩12分

■Googleマップ


【宮入り】 本塩

豊受神社

千葉県市川市本塩1-9

 

東京メトロ東西線 妙典駅徒歩7分

■Googleマップ


【早朝渡御】 下新宿

稲荷神社

千葉県市川市下新宿2-6

 

東京メトロ東西線 妙典駅徒歩15分

■Googleマップ