行徳の獅子頭

 古くから、魔除けの意味をもつ縁起物として親しまれている獅子頭。

「神輿のまち」行徳では、神輿と共に立派な獅子頭を所有する神社も多く、製作者がわかっているものはすべて行徳の神輿店で作られています(後藤直光作)。

 

当サイトで把握している神社の獅子頭は、下記の5対です。

新井の祭礼 熊野神社

製作者

不詳

製作年

安政5年(1858年)

アゴ寸法

一尺五寸

現在は拝殿に飾られるのみですが、昔は、祭礼のときに5~6人で担ぎ、新井の村一軒一軒をまわっていたそうです。

押切の祭礼 稲荷神社

製作者

 後藤直光

製作年

 昭和50年代? ※昭和57年(1982年)以前

アゴ寸法

 一尺

未完成の状態で後藤神輿店に保管されていた飾獅子頭。2020年に寄進され、神社世話人らが完成させ、2021年の初午祭で初公開されました。

河原の祭礼 春日神社

製作者

 不詳

製作年

 明治年間(1868~1912)

アゴ寸法

 二尺

担ぎ手不足のため、祭礼では神輿を含め渡御は行われていません。


関ケ島の祭礼 胡籙神社

製作者

後藤直光

製作年

昭和3年(1928年)

アゴ寸法

一尺六寸

祭礼で、神輿渡御の前に、神輿の順路を清めるためにまちをまわります。

下妙典の祭礼 春日神社

製作者

 後藤直光

製作年

 安政年間(1855~1860)

アゴ寸法

 二尺三寸

関東でもかなり大きい獅子頭。祭礼では、台輪に載せて担ぎます。

 

※このほか、四カ村の祭礼の香取神社にも飾獅子頭がありますが、詳細が確認できておりません。情報をお持ちの方は、こちらよりご連絡いただけると幸いです。



オスとメスの見分け方と並べ方

獅子頭は、オスとメスの2体で一対です。

頭の上に角が生えているのがオス(上の写真:左)、丸い宝珠を載せているのがメス(同:右)です。

この並べ方は神社により違いが見られます。


獅子の耳も、オスメスともに下を向いているもの、オスだけ立たせているもの、両方縛られた状態のものなどがありますので、注目して見てみるとおもしろいと思います。

 

 

では写真で具体的に見てみましょう。

※写真をクリックすると拡大できます。

 

新井の祭礼 熊野神社

2020年行徳神社めぐりのときの写真です。

向かって右がオス、左がメスです。

オスの耳だけ立っています。

押切の祭礼 稲荷神社

2021年の初午祭のときの写真です。

向かって左がオス、右がメスです。

耳は両方下を向いています。

河原の祭礼 春日神社

行徳神社めぐりのときの写真です。

向かって左がオス、右がメスです。

耳は両方下を向いています。


関ケ島の祭礼 胡籙神社

祭礼のときの写真です。

向かって右がオス、左がメスです。


と思いきや…

2018年の行徳ふれあい伝承館のオープニングイベントや

2020年の行徳神社めぐりでは、祭礼のときと左右が逆になっていました。

 

関係者に話を伺ったところ、昔からオスが右でしたが、逆ではないかという意見があり、近年変えるようになったとのこと。

 

耳はオスメス両方ともずっと紐で縛られたままです。

これは、祭礼で獅子頭を激しく揺するため、耳が取れないための措置だそうです。

関ケ島では、台輪に載せずに担ぐので、縛っておかないと取れてしまうのでしょうね。

また、重くて(漆塗りで)滑る獅子頭を落とさないよう、担ぎ手が掴むための紐でもあるそうです。

下妙典の祭礼 春日神社

祭礼のときの写真です。

向かって左がオス、右がメスです。

オスの耳だけ立っています。

 

ところがこちらも…

妙典まつりや

行徳神社めぐりでは左右逆になっていました。

 

関係者によると、昔からオスが左でしたが、近年変えるようになったとのこと。

関ケ島と同じようなタイミングでの変更となりますが、まったく逆の流れとなっているのが興味深いですね。


行徳の神輿関連施設での展示を見てみると…

行徳神輿ミュージアム

中台祐信作の獅子頭。

向かって左がオス、右がメスです。

耳は両方下を向いています。

行徳ふれあい伝承館

浅子周慶作の獅子頭。

向かって右がオス、左がメスです(左の金色の一対)

耳は両方立っています。

 

この二つの施設で、並べ方が逆になっているのも興味深いですね。

ちなみに、こちらは博多祇園山笠で有名な櫛田神社。

当方が撮影した神輿の写真ですが、獅子頭も並んで写っていました。

向かって右がオス、左がメスですね。

耳はオスだけ立っています。


ここからは当サイトの考察になりますが、獅子頭の並べ方の違いは、「左上右下(さじょううげ)」という日本の伝統礼法に基づくか、西洋マナーに基づくかによるのでは?と思います。

 

中国では唐の時代、皇帝は北極星を背にして南を向いて座るのがよいとされ、太陽は皇帝から見て左の東から昇り右の西に沈むことから、左の方を上位としたそうです。

日本には飛鳥時代にこの考え方が伝わり、「左を上位、右を下位」とするしきたりとなりました。これが「左上右下」です。中国では時代によりどちらが上位になるかは変わったそうですが、日本ではこの「左上右下」が伝統として受け継がれていきました。

この礼法にのっとると、左側が上座で右側が下座、つまり当人から見て左(向かって右)が男となります。京雛がこの並べ方です。

 

古来のしきたりでは、左(向かって右)が上位/京雛
古来のしきたりでは、左(向かって右)が上位/京雛

 

一方、西洋では、英語で右を「正しい」の意味がある「right」というように、右側が上位とされています。オリンピックの表彰台も、金メダルを真ん中に、銀メダルが右(向かって左)、銅メダルが左(向かって右)ですね。

日本も文明開化後にはこの国際社会のルールを取り入れるようになり、皇室でも天皇が皇后の右(向かって左)に立たれるようになったことから、これが主流となり定着しました。関東雛や結婚式の高砂席などもこの並び方。今ではこちらの方が見慣れていますね。

 

明治以降は、右(向かって左)が上位/関東雛
明治以降は、右(向かって左)が上位/関東雛

 

 結局のところ、どちらも間違いではなく、古来の様式にのっとるか、近年の様式にのっとるかの違いなのかもしれません。

 

このほか気になっているのは、神社にある狛犬との関連です。

狛犬って、犬というよりは獅子に似ていますよね。

ルーツを調べてみると、元はインドで仏を守る聖獣のライオンで、これが中国に伝わって獅子となり、朝鮮半島を経由して日本に伝わったそうです。日本では見たことのない異様な獣の姿を見て、「高麗の犬」→「こまいぬ」と呼ぶようになったのだとか。

 

奈良時代までは獅子2頭で一対だったのが、平安時代以降に、獅子と狛犬の組み合わせとなったそうです。

そして、口を開けている(阿行)のが獅子で向かって右、角があり口を閉じている(吽形)のが狛犬で向かって左となりました。

 

「こまぱく/参道狛犬万博2018in市川市」(山元環樹氏主催)展示パネルより
「こまぱく/参道狛犬万博2018in市川市」(山元環樹氏主催)展示パネルより

 

鎌倉時代には狛犬の角がなくなり、狛犬と獅子の違いは少なくなったようです。

神社でも、角のある狛犬自体なかなか見かけませんが、ある場合は向かって左に配置されているようです。

 

 

もし獅子頭の並び方もこれと関係があるのなら、角のあるオスが向かって左ということになるのでしょうか。

それとも、全く関連性はないのでしょうか。

詳しいことをご存知の方がいらっしゃいましたら、こちらからご教示いただけると幸いです。


製作途中の獅子頭

関係者から獅子頭製作途中の貴重な写真をご提供いただきました。

昭和時代に撮影された、塗りの工程前のものです。

彫刻の素晴らしさがあらためてよくわかりますね。


獅子頭を担ぐ

獅子頭を頭に被って舞う「獅子舞」は、日本で最も数が多い民俗芸能ともいわれ、全国の祭りでもさまざまな形で行われています。

 

行徳の祭りでは、イベントの祭りである「行徳まつり」のオープニングセレモニーに登場するくらいで、基本的に獅子舞は行われていません。

「行徳まつり」のオープニングセレモニーに登場する獅子舞
「行徳まつり」のオープニングセレモニーに登場する獅子舞

 

行徳には、伝統的な獅子舞ではなく、獅子頭の「担ぎ」を披露する祭りが3つあります。

「わっしょい!」の掛け声で神輿渡御のように勇ましくまちを歩くのが特徴です。

関ケ島の祭礼

神輿渡御の前に獅子頭が町内をまわり、神輿の順路を清め祓います。



下妙典の祭礼

大きな獅子頭を台輪に載せ、神輿のように担いで町内を練り歩きます。



妙典まつり

妙典地域の担ぎ手たちが集結し、行徳独自の揉みを実演します。

この中で、下妙典の祭礼の獅子頭も登場し、担ぎを披露します。


これらの祭りについては、行徳の祭り一覧>各祭りのページで詳しく紹介していく予定です。

月1回の更新を目標に順次アップしていきますので、気長にお待ちくださいませ。 m(__)m