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昔の祭りの様子

私が小学生だったころ(昭和30年代)、本祭は曜日に関係なく10月15日と決まっていました。その日は事前に役員から学校へ連絡があり、朝登校すると、先生から「上妙典はお祭りですから帰りなさい」と、1時間ぐらいで早退するように言われました。家へ帰り、銭湯へ行ってから身支度を整え、神社へ行き、記念写真を撮った後、宮出しです。身体が大きくなったら大神輿を担ぎたいとずっと思っていました。中学2年生のときに初めて担ぐことができたときは、感動しました。今の子どもたちにも、ご家族で一緒に山車をひいたり、子ども神輿を担いだり、写真を撮ったりして楽しい思い出を作ってほしいと思います。そして近い将来、大神輿を担ぐ人が増えてほしいです。

 

ご協力していただいた家から炊き出されるおにぎりも楽しみでした。神輿の渡御が復活した平成23年からは、婦人会や自治会のご協力でふるまいが行われ、喜ばれています。青年会も、山車や子ども神輿の安全警護、お菓子の配布とよく面倒を見てくれています。

 

担ぎ手不足を補うため、青年会を通じてほかの町会の若者に協力をお願いしています。その神社によってしきたりも担ぎ方も違いますが、担ぎ方の練習会や本祭での相互交流、行徳まつりや妙典まつりと、回数を重ねて理解も深まってきているようです。

 

どの祭礼でも、役員や関係者が言っていることは、どうか天候に恵まれますように、事故やけが人などなく安全に運営できますようにということです。願いは皆一緒です。(市川市妙典 高橋稔さん)

 

 


 

 

当時の様子や関係者への感謝、そして祭りへの思いがとてもよく伝わってくる素敵なお話ですね。

高橋さんは上妙典の祭り関係者の方で、いつもいろいろと教えていただいています。

このお話も、地元の方の生の声としてぜひ多くの方に知っていただけたらと思います。(2021/6/4 WG)